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2017年8月17日 (木)

世界からが消えたなら

世界から猫が消えたなら

随分前に映画化されて、話題になってたので、今更な感じですが、その時には気になりつつ読まず。いつか読もうとkindleで購入したけど、いつでもサクッと読めるだろうとなんとなくそのままになっていた本。。。
お盆休みの帰省先から東京へ戻る新幹線の中で読み出したところ、
サクッと、、、サクッと、、、、、、。
読めませんでした涙。。。
サクッとどころではなく、もう、鼻水がとまらなくて
あ、涙を我慢すると自分の場合鼻水になって外に出てきてしまいまして。
しかも結局涙も我慢出来ず、声こそ出してないものの、ほぼ号泣状態でした。
完全に不意打ちでした。泣くなんて思わずに読みはじめたのに。
この作者の方を全然知らぬまま、小説家デビュー作なのにいとも簡単に人の琴線に触れてくるなーと思ったら、単に私が知らなかっただけで、超有名な売れっ子映画プロデューサーの方だったみたい。
最近だと爆発的ヒットした君の名はもこの方の企画でした。
基本ブームに乗り遅れるタイプなのでまだ見てないけど
ちょっと調べてみたところ、この方のプロデュースした映画のほとんどが、コメディもシリアスな話も、過去に自分も興味をそそられた事があるものばかりでした。
この小説は、若くして不治の病に侵された主人公の前に、残酷かつ軽い調子の悪魔が現れ、主人公の寿命を1日伸ばすごとに、世界から何かひとつを消すという交渉を持ちかける、というちょっとシュールなファンタジー、、、といった感じなんですが。。。
最初、ちょっと不治の病というあたりが、よくある設定なのかな、なんて思ってたのにゴメンなさい予想してたより、全然深かった。こんなに速く読み終わるなら、もっと早く読めばよかった。
自分の1日の命と引き換えにされる、ものや概念、それがなくなったらどうなるのか。むしろ、自分が助かるためなら、人間が作ったものや後付けで作った概念なんて、なくてもいいものなんじゃないか。でも、人間だからこそ感じられる幸せな感情なんかが確かにあって。
主人公がこどもの頃を振り返るシーンがあり、ちょうど自分も実家からの帰り道だった事もあり、かつて、死がまだ身近なものではなく、未来になんの不安も感じていなかった頃が2度と戻れない幸せな情景として思い出されました。
こどもの頃に夢見たり正義だと信じてた事が実は不可能だったり幻想だったと気付き、最初は落胆したり怒りを覚えてたのに、だんだんそういう痛みに慣れて当たり前になって、そういう大人になってしまってから随分たったなあ、なんてノスタルジーに浸ってしまった。

ともかく、この話は私にとって郷愁を誘うというか、家族にまつわる色な事を思い出させる話でした。
やもめ暮らしの父親の暮らす実家からの帰り道、次いつ会いに行けるかな、、、などと考えつつこの話を読みはじめ、読み終えた後には、いや、あと何年もあるかわからないし、この先どうなるかわからないから、行ける時には少しでも多く会いに帰ろう、とあらためて思いました。
そして、近い関係だからこそ言わなくてもわかるというのは相手に対する甘えだという話を聞いた事がありますが、確かに、本当は、恥ずかしくてもちゃんと言葉にして感謝なり愛情なりを口に出しておくべきなんだと思います、特に家族の場合は。

いつか後悔する前に。
結局、今後も、すべてにおいて後悔しない生き方なんて自分には出来るわけがないけど、何か気付かされた時にそれをきっかけにして、少しずつでも、悔いのないように行動に移していけたらいいのかなー、と思います。
実行力のなさが自分の欠点で、本当に嫌になる事も多ありますが、自分なりに。

ってすごく真面目になっちゃったけど、普段すぐ楽な方へ流されるし、なんだかんだいって、この世界は面白いし、どうしようもない自分も嫌いじゃないっていう笑。。。

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